第44回ユネスコ青少年キャンプ

 






                   

8月8日(月)から10日(水)まで、倉渕村にある「わらび平森林公園キャンプ場」にて、「第44回ユネスコ青少年キャンプ」が実施され、高崎市内の小中学生36名が参加しました。

ユネスコ力(自主性、協調性、忍耐力、情報活用力、表現力など)の涵養を活動目的として様々な行事を行いました。幸いにも、3日間天候に恵まれ、怪我や体調を崩した参加者もなく、倉渕村の大自然の中で、楽しく有意義なときを過ごすことができました。

キャンプの成果は、今後作文集にまとめられます。来年も実施する予定ですので、多くの児童生徒の積極的な応募をお待ちしています。

なお、参加要項は、来年度になって各学校で配布されます。








【44年目を迎えたキャンプの概要】
1.期日 平成28年8月8日(月)~10日(水)2泊3日
2.場所 倉渕わらび平森林公園(キャンプ場)
3.参加者 子ども36名(男女各18)、
        スタッフ25名(防犯・青少年課3、高経大10、会員16)
4.内容 
  [1日目]
子ども代表の宣誓・JL紹介など結団式、
出発
道祖神など倉渕地域遺産めぐり、村旗説明など入村式、高倉山登山、カレーライスつくりなど夕食作り炊飯@、活動を振り返り 一言スピーチなど夕べの集い、班員の名前を覚えるフレンドリータイム、バンガロー宿泊

  [2日目]
日程確認・目標発表・ラジオ体操など朝の集い、味噌汁・やさいサラダなど朝食つくり炊飯A、サンショウウオに巡り合う烏川源流探検、ソーメンなど昼食つくり炊飯B、ミュージックベル森のコンサート、バーベキュー夕食パーティー炊飯C、尊重・班長会議、班の出し物・やな日などキャンプファイヤー、バンガロー宿泊

  [3日目]
ハンバーグなど朝食つくり炊飯D、色紙作成による思いでつくりタイム、ホットドッグなど昼食つくり炊飯E、フレンドリータイム(ラジオ体操、思いで作文、やさしい英語コーナー)、キャンプ旗降納など退村式、子ども・JL代表の感想など
到着
解団式

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国連ユネスコ精神を高崎から
TAKASAKI UNESCO ASSOCIATION

活動報告report

ユネスコ青少年キャンプ(44年継続)

平成29年度ユネスコ青少年キャンプは、台風による悪天候で危険が予想されたため、45年間で初めて中止となりました。
以下、平成28年度のキャンプの様子をお伝えします。


毎年8月上旬から中旬にかけて、2泊3日の日程で倉渕のわらび平において実施される行事です。参加者は市内在住の小・中学生(小学4年生以上)で、公募し決定します。
平成28年度は8月8日(月)~10日(水)に実施し36名の児童生徒が参加しました。市内の大学生もジュニアリーダーとして8名参加しました。

〈倉渕地域遺産めぐり〉倉渕村は、道祖神の宝庫。双体道祖神のほほえましい姿に思わずにっこり。




〈飯盒炊飯〉

食事作りは全員の共同作業。初めての火おこし、慣れない包丁。だからこそ美味しい。


               〈食事〉一番の楽しみは食事。何回もおかわりをする子がいて、たくましさに感心。







〈源流体験〉

高崎市の水道の水源を訪ねました。かわいいサンショウオが迎えてくれました。











〈フレンドリータイム〉

キャンプファイヤーの後、各班で創意工夫した出し物で楽しみました。













































































国際理解バス
(39年継続)

東京都内の在日外国大使館、青年海外協力隊(JICA)を訪問し、国際理解を進める行事です。交通手段はチャーターしたバスです。参加者は市内在住の小・中学生(小学5年生以上)で、公募し決定します。
平成29年度は8月24日(木)に実施され、35名が参加しJICA地球広場とケニヤ共和国大使館を訪問しました。




第39回高崎ユネスコ協会国際理解バス

                       
                       理解バス部長 中島千惠美

  

 今年も824日、小学生24名と中学生11名引率者7名添乗員1名、計43名は早朝より高崎市青年センターへ集まり出発しました。ここ十数年出発は城南球場駐車場からだったので、やむを得ず変更をしたことが心配ではありましたが、全員が揃って出発できたことは何よりでした。

 JICA地球ひろばとケニア大使館への研修に向かうバスの中はしばらく緊張感が感じられましたが、用意しておいたゲームヤクイズを始めると積極的な参加の姿が多くみられ、この研修の目的である「他校のお友達とコミュニケーションをすること」はすぐに達成。

 JICA地球ひろばでは異国の様子を掲示物を通して知り、協力隊の方からネパールの生活や支援の様子を聞くことができ、思い思いに写真を撮る姿やメモをしっかり取る姿が目立ちました。特に今回の展示ではSDGs(持続可能な開発目標)が工夫されており、地球ひろばのメイン取組となっていました。地球ひろばの担当者に、積極的に質問をしている子もいて目的を達成していることに目じりが下がりました。

バイキングのお昼は日頃食べている味とは異なった様子でした。辛いとか酸っぱいなどをそれぞれが感じたようでした。「食」は人によってずいぶんと違うもので、何回もお替りをする子も目立ちました。日頃の食事の様子を垣間見る思いでした。無駄にしない食事のマナーを口にする子もいて、頼もしいなと感じました。

 午後は目黒にあるケニア大使館での研修でした。1時間の研修時間を大幅に延長し、ビデオで紹介されたケニアの様子や日本とのかかわりや貿易を通訳の方を通じて理解いたしました。子ども達の積極的な姿が担当者に好印象を与えたと通訳官からのお誉めの言葉がありました。特に英語の挨拶も流暢だったり、日本の伝統文化を披露したりして、大使館の方々に好印象だったようです。子どもたちも目的である「外国を理解すること」がここでも達成できたと言えます。残念なことは質疑応答の時間が少なく、たくさん質問を用意していった子には物足りない結果になったことです。

 今回の参加者には地球ひろばからSDGsの取組の課題が出されました。それぞれが、2030年までに叶えたい目標をしっかりともって生活してくれることを願っています。

 関係各位にたいへん御尽力をいただきました。感謝申し上げます。

 



                
       JICA玄関前にて

    JICA                       



                           JICA国際交流センターにて



                                   JICA地球広場にて















ケニヤ共和国大使館訪問




平成25年度チェコ共和国大使館、平成26年度キルギス共和国大使館、平成27年度ラトビア大使館、平成28年度チェコ共和国大使館、平成29年度ケニヤ共和国大使館を訪問しました。

(左:平成29年度ケニヤ共和国大使館訪問時 児童が日本舞踊を披露)  (右:平成29年度訪問時 集合写真)                        




国際児童画展(44年継続)

 「第44回高崎ユネスコ国際児童画展」を平成28年10月28日(金)〜11月2日(水)、高崎シティギャラリーで開催いたしました。高崎市内の小、中・特別支援学校の児童・生徒から寄せられた1,186点が展示されました。
 入場者総数4,134人とたくさんの方々の来場を得、市民に定着していることを実感しました。
 なお、作品には各種の賞が付与され、入賞者111名は平成29年1月19日(日)、高崎市文化会館大ホールで行われた合同表彰式で表彰されました。
 










 
  



[最高賞]
高崎市ユネスコ協会長賞:小学校の部      高崎市立北部小 1年 郷古 渉翔


高崎ユネスコ協会長賞:中・特別支援学校の部  高崎市立長野郷中学校 2年 涌井 絢菜
 


ユネスコ作文募集(44年継続)

平成28年度も、1月市内の小、中学校の児童生徒へのユネスコ、世界平和、国際理解、国際交流にかかわる自由作文公募に対し、小学校647編、中学校713編合計1,360
編の作文が寄せられました。
なお、1月中旬審査員16名の審査に基づいて作品には各種の賞が付与され、入賞作品(66点)はユネスコ作文集として刊行されました。
入賞者66名は2月19日(日)、高崎市文化会館大ホールで行われた合同表彰式で表彰されました

 以下最優秀賞2点をご紹介します。









小学校の部
 高崎ユネスコ協会長賞:   「ぼくの住む地域の方」 
          高崎市立岩平小学校5年 矢澤 颯基
(やざわ そうき)

        「ぼくの住む地域の方」
 ぼくの家の近所の方々は、みんなやさしくぼくに話しかけてくれます。朝は、
「おはよう、気をつけて行ってらっしゃい。」
帰りは、
「おかえり、帰ってくるのを待っていたよ。」
ぼくは元気に笑顔であいさつをしたり、返事をしたりします。ぼくの通う小学校は児童数が少ないので、近所には子どもが少なくて、
「まごのようでかわいい。」
と言ってくれる人もいます。下校中に一人で歩いている時には、わざわざ家から出てきてくれて、
「颯基君、野菜を持っていく?」
と声をかけてくれる人もいます。ぼくは名前でよんでもらって、気にかけてくださることがとてもうれしいです。近所の方が見守ってくださるので、ぼくは安心して毎日登下校をしたり、友だちの家に遊びに行ったりすることができます。
 それから、この間となりのおじさんから、
「大きいスイカを切ったけれど、二人では食べきれないから半分とりにおいで」と、電話がかかって来ました。ぼくは、お母さんともらいに行きました。その時に、
「夏休みにりん海学校でスイカわりをする。」 とおじさんに話したら、おじさんは、
「スイカわりの練習をして、颯基が一番最初にスイカをわれ。」
と言いました。おじさんはぼくを畑へ連れて行ってくれて、スイカわり用に二個とってくれました。家に帰って、さっそくスイカわりをしました。となりのおじさんも外に出ていたので、応えんしてくれて、五回目ぐらいでわれました。ぼくはおじさんに、
「りん海学校でもがんばるね。スイカありがとう。」
と言いました。とても親切でかわいがってくださるので、「ぼくはとても幸せだな。」と思います。
 また、学校でも地域の方がお米づくりや野菜、きのこ、里山整備などボランティアで参加してくれています。ぼくたちは、地域の方のおかげで、家ではやったことのないうどん作りやしめなわ作りなど、楽しい体験がいくつもできます。また、運動会でおどるししまいも教えてくださいます。地域の伝統に参加できるので、少しきんちょうしますが、みんなに見てもらえて、はく手をもらえるので「おどってよかったな。」と気持ちがいいです。
 ぼくの住む地域の方たちは、みんなとても親切です。そして、見守ってくださっています。何かあった時や困った時、どんな時でも助けてくださる人ばかりです。ぼくは、笑顔であいさつをしたり、大きな声で返事をしたり、話したりすることしか今はできないけれど、大人になったら、みんなに親切にしてもらった恩返しをしたいです。
 友だちが笑顔で話しかけてくれると、ぼくはとても気持ちよくうれしい気分になります。だから、今はぼくも幸せな気持ちを持ってもらえるような笑顔でありがとうの気持ちを伝えているつもりです。いつもやさしく声をかけて見守ってくれたり、いろいろ教えてくださったりする近所や地域の方が、ぼくは大好きです。ぼくの住む地域のようなやさしい目がたくさんあれば、誰でも悪いことはできないと思います。そうすれば、大きな事件もなくなると思います。ぼくは、笑顔と元気なあいさつはとても大事なことだと、みんなに大きな声で伝えたいです。

 








中学校の部
  高崎ユネスコ協会長賞:     「キノコ雲は消えても」
     高崎市立佐野中学校3年 前川 洋輝
(まえかわ ひろき)

     「キノコ雲は消えても」
 青く広い空に立ちのぼる積乱雲。セミはなき、人々は異常気象によるあつさに苦しむ。庭でチョウをながめていた僕は、立ち上る積乱雲を見て当時に思いをはせ目を閉じた。今年の8月のことである。  
 またこの日がやってきた。八月六日、九日。七十一年前のこの日広島に原爆リトルボーイ、長崎には原爆ファットマンが投下された。
 僕の祖父、曾祖母はこの日、被爆した。
 八月六日、友だちと話しながら登校した祖父は、飛行機の音を聞いた。おかしい。サイレンもならない。
「あれは、日本の飛行機かな?」 何か光るものが空に見えたのはその後だ。
「キラキラしたものが落ちてきた。何だろうな?」
 隣に大きな黒いかたまりがおちている。木だろうか。やけに大きく、太い枝が一本横にとび出ている。信じられなかった。信じたくなかった。それが今まで話していた友達の変わり果てた姿だなんて。祖父はまずここから抜け出そうと、上にたおれてきて熱線をさえぎったコンクリートの下でもがいた。
 僕が知っているのはここまでだ。祖父は、母にこの話をした後は、二度と戦争、原爆について語らなかったそうだ。毎年夏に、テレビで戦争の特集をやっていても、すぐにテレビを消したそうだ。その後も祖父は被爆による病に苦しんだ。祖父はその沈黙により、戦争のおそろしさを伝えた。
 同じく大きな木下で熱線をまぬがれた曾祖母は、語り部として、多くの講演会に出席した。近くの高校に講演に行った時に、ある言葉を何度も何度も、涙ながらにうったえた。
「戦争は終わっても、それを経験した人の苦しみ、悲しみは終わらない。あの日のキノコ雲は消えても、まだまだ世界の戦争の脅威はおわらない。二度と同じ過ちをくりかえしてはならない。」 その小さな体からは想像できないほど力強い声でそううったえたそうだ。祖母は、語り部として、戦争のおそろしさを伝えた。
 日本は戦争に負けた。それでよかったという意見を良く聞く。もし日本が勝っていたら、他の国の人々を同じ悲しみにおとしいれていただろう。一瞬で何万、何十万の人の命を奪う原爆。生き残った人も水を求めて川に飛び込み、命を落とす。
 日本は世界でただ一つの被爆国だ。だからこそ、日本国民にしかできないことがある。何をするべきか考える義務が私たちにはある。僕の祖父は被爆による病で亡くなった。僕は、いわゆる被爆三世だ。だからこそ、戦争を知らない人に、そのおそろしさ、そしておろかさを伝える義務があると思っている。
 祖父は、亡くなる前日に、母にこう言った。 「人との意見がぶつかるのはいい。それを武力、力ずくで解決せず、話し合って解決しろ。戦争は意見のぶつかりや、あらそいなどの生易しいものではない。殺し合いだ。おろかな行為だ。」 静かに、おだやかにそう語った。
 今、この世界にも、核兵器を保有し、実験を続けている国がまだある。それに賛同している国もある。それらの国は、日本で起きた悲劇を知っているのだろうか。
 世界で唯一の被爆国の日本の中の、やはり世界でただ二つの被爆地である、「ヒロシマ」と「ナガサキ」。いまや世界中にしれわたったであろうこの二都市の人々、当時被爆した人々、それを語り継ぐ人々、だれか一人でも欠けると、原爆、戦争のおそろしさは伝えていけない。しかし、非常に悲しいことに、今の日本には、終戦日さえ知らない人もいる。実際に被爆した人々は、いずれ世界から一人もいなくなる。しかし、それは同時に、語りつぐべき戦争も起こらないということでもある。  今、中学生である僕たちは、被爆した人々の次の次、あるいはその次の世代である。あの日失われたいくつもの尊い命の犠牲をむだにしないように語りつぐには、もっと知る必要がある。この平和な日本を保ちつつ、戦争の脅威や原爆の恐ろしさを伝えていこう。
 青く広い空に立ち上る積乱雲。セミはなき、人々は異常気象による暑さに苦しむ。その暑さは熱戦の熱さではない。戦後、力強く発展してきた日本だからこそできることは何だろう。きっと、いくつもあるはずだ。それを世界に広げていこう。



 

  

高崎ユネスコ協会

創立:昭和44年(1967年)11月24日

会員数:343名(平成28年5月1日現在)

会長:樋口克己(平成26年度〜)

事務局:
〒370-8501
群馬県高崎市高松町35番地1
高崎市市民部防犯・青少年課

TEL 027-321-1297